7月17日、中国電力本社前金曜行動、一緒にアピールしませんか!!

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7月17日(金)中国電力前、午後5時15分~6時15分まで
アピール行動、NAZEN 通信配布します。


NAZEN ヒロシマ通信 No.19
被爆75年目の8月6日、NAZENヒロシマとして、行動を呼びかけます。

7月18日、記念式典のあり方を問う、公開討論会へ
7月19日、学習会「ヒロシマと原発」、8・6実行委員会へ
ご参加お願いします。


  広島の75年を引き継ぐ反原発運動へ

   国策の誤りによって受けた被害を補償してほしい ̶ 被害者のこの当然の要求を国家に呑ませることの困難さを、私たち労働者民衆はこれまでに何度となく経験してきました。
 健康を損なったり生活に困窮したりする被害者たちが訴えの先頭に立つことで、非難と差別にさらされる。補償対象の意図的な線引きによって被害者同士が分断されることすらあります。
 復興の美名の下で、あるいは感謝や慰霊の美名の下で、戦争と原爆の被害者も、原発事故被害者も、コロナ禍の労働者も、同じ受忍を強いられてきました。
 
 75年前、広島の原爆で数多くの人々が惨殺され、あるいは子や孫の代まで続く健康不安を背負いこまされました。しかしGHQや広島市当局は、原爆は戦争を終結させた「平和」の象徴だとして被害の訴えを封じ込め、8月6日を「平和祭」で祝わせました。「原子力を開放し得たことは偉大な進歩」などと言って、原子力礼賛を広島の地でおこなったのです。
 1950年、朝鮮戦争を理由に平和祭も中止されましたが、核兵器使用阻止を訴えて広島の被爆者たちはゲリラ集会に決起しました。1954年第五福竜丸被曝を経て原水爆禁止運動が高まり、1955年に第一回原水禁世界大会が開催、1956年には原爆被害者団体連絡協議会(被団協)が結成されました。被団協は、原水爆禁止と世界恒久平和が達成されるよう世界中の被爆者が団結することを訴えました。
 一方、1953年にアメリカはAtoms for Peace ― 核の平和利用を提唱しました。そして1954年第五福竜丸事件を契機に日本の民衆が原水禁運動に決起したのと対象的に、日本政府は原子力発電所を大量に作り始めたのです。
 被爆者たちが作ってきた反核運動が、いま、広島市の手によって平和記念式典から排除されつつあります。式典は「慰霊」の場なのだから静ひつを保たねばならないというのです。核武装論者である安倍首相を式典に招き入れ、首相を目の前にして核兵器禁止条約批准を訴えることすらしない広島市は、核廃絶を訴える被爆者の声も、世界中の市民の声も、封殺しようとしています。
 平和利用、復興、感謝、慰霊 ̶ 一見正しく美しい言葉が強いる犠牲にこそ目を向け、声をあげられない人々の声にこそ耳を傾けなければ、また同じことが繰り返されます。
 広島の75年間の闘いを引き継ぎ、ヒロシマ・ナガサキを、フクシマを繰り返すなと声をあげていかなければなりません。世界の労働者民衆の声が8月6日のヒロシマに集まり大きく轟くとき、ようやく「過ちは繰り返しませぬから」という誓いを果たす道が開かれるのです。
核廃絶の声をもっと大きく! 被爆75周年8・6ヒロシマ大行動への結集を!

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