4月26日 チェルノブイリデー・反原発行動

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チェルノブイリ原発事故から34年目の4月26日

チェルノブイリデー・広島行動を呼びかけ、原爆ドーム前から、中国電力本社前までのデモ行進を行いました。


「コロナ緊急事態・ステイホーム」と安倍政権は呼びかけながら、憲法改悪、原発再稼働、辺野古埋め立てなど、
私たちにとって、一番「不要不急」あってはならない事を推し進めています。
特に、「医療従事者に感謝しよう」と言いながら、公立病院の統廃合、都立病院の独法化など、医療体制の基盤整備をせず、医療崩壊を招いているのは、安倍政権なのです。

「チェルノブイリをくり返すな」ではない!
フクシマでくり返されてしまった。そして、福島の子どもたちのいのちを守らず、金もうけと核武装のための原発再稼働を絶対許さない!と声をあげよう!と訴えました。

ますます、密接に連携し団結の力を強め、世界の原発廃炉へ、
8・6ヒロシマには、「規模縮小」では無くもっと大きく声をあげていきましょう!


※福島親子保養を今年も実現できればと、今検討中です。
もし今年できなければ、来年にまわします。
カンパをお願いします。
⇒ゆうちょ銀行 
口座記号番号 01380-7-103134        
口座名称  安芸太田保養支援グループ


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《NAZEN ヒロシマからの提起》

1.チェルノブイリ原発事故とは

 1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原発の4号炉(電気出力100万kW、熱出力320万kW)は、点検修理のために出力を落としていました。炉が熱出力70万kWに出力を落としているあいだに、非常用電源のテストをやることになっていました。しかしこのときは出力コントロールに失敗し、出力がほぼゼロになっていました。停止直後の原子炉内にはキセノン135というガスがたまっていて、この状態では出力が上がりにくいのですが、それでも電源テストを強行しようとし、原子炉を再起動しました。電源テストを始めて1分も経たないうちに原子炉の暴走が起こり、大爆発が起こりました。
 事故現場には、原発の運転員が160名いました。また、消火作業にかけつけた消防士は200人以上。半日もしないうちに、急性放射線障害で倒れるひとが続出しました。夕方にはモスクワから医療チームが入り、重症者をモスクワへ搬送しました。
 ソ連当局の発表では、急性放射線障害での死者は134人ということです。

 すぐに事故処理が始まりました。事故翌日には、ソ連陸軍の化学部隊(核戦争に備えた訓練をしていた)が数千人到着し、3週間ほどで原子炉建屋周辺に飛び散っていた燃料などは片付けられたそうです。
 6月には、みなさんご存知と思いますが「石棺」の建設が始まりました。原発の施設ごとコンクリートで覆うというものです。ソ連各地から集められた作業員は、60万人とも80万人ともいわれています。この作業員たちは「リクビダートル」と呼ばれます。
 作業員たちの被曝限度は250mSvとされていましたが、線量計もなく、15秒たったら作業を交代する、というようなずさんなものでした。最初の2年間に作業をした20万人については、8割から9割が健康をそこない、死亡率も高かったとの記録もありますが、きちんとした被ばく量のデータがないため、被ばくと健康被害の相関関係を示すことができないのです。
 1996年4月には、IAEAが「チェルノブイリ10年総括会議」を開催しましたが、リクビダートルへの被ばくの影響はない、と結論しています。IAEAがどういう組織であるかは、こういうところにもあからさまに現れています。

 事故当日、近隣住民にはなにも知らされていませんでしたが、火災があったことはみな知っていたようです。原発から10km圏内の住民に避難命令が出たのが翌日、30km圏内の住民は5月2日から5月6日にかけて避難しました。避難者の総数は11万6000人といわれています。
 1991年にはいわゆる「チェルノブイリ法」が制定されました。福島原発事故後、被ばくの補償の問題を考えるときによくひきあいに出されますから、原発について関心のあるかたなら、中身についてはご存知のかたも多いでしょう。
 これはウクライナ政府が国民のために「作ってあげた」というものではありません。事故処理のために作業をし健康被害を受けているのに、なんの補償もされなかったリクビダートルたちが各地に同盟をつくり、避難者や住民もそこへ合流し、国家による補償を義務付ける法律の制定のための運動が起こったのです。

2. 原発事故後の世界
 1986年のチェルノブイリ原発事故のあと、世界はどう変わったでしょうか。
 ウクライナではいまも国内4カ所で15基の原発が稼働しており、さらに建設中のものもあります。 
 2011年、福島原発事故後の日本はどうですか。
 川内、高浜、美浜、伊方、玄海、大飯、柏崎刈羽、東海第二、女川、島根、伊方、再稼働の申請して、ほとんど通ってます。上関、今から作ろうとしてます。
 フクシマ原発事故による被ばくによる健康被害を、政府は認めようとしません。ソ連と同じです。
 事故の責任を、政府も東電もとっていません。これもソ連と同じです。チェルノブイリ原発の現場責任者を懲役刑にしただけで、政府当局の原発政策担当者は誰も責任をとりませんでした。
 社会主義体制かそうでないかは関係なく、権力者たちは民衆の命や健康の責任など、とる気がないのです。

3. 黙っていたら殺される
 昨今のコロナ情勢で、思うことがあります。
 ひとつには、いま、原発事故が起きたら避難所はどうするの? という疑問です。3密を避けろだのStay Homeだの言って、コロナ感染予防の呼びかけを政府がしていますけれど、体育館にすし詰めにするんでしょうか? 今すぐにでも原発をとめてほしいです。
 もうひとつあります。
 それは「医療従事者に感謝しよう」という呼びかけについてです。
 医療従事者に感謝、当然です。過酷な医療現場で命がけで働くかれらがいなければ、私たち民衆はもっと多くが病に倒れているでしょう。
 ですが、感謝するだけでいいのでしょうか? かれらが過酷な状況で働かなければならないのは、かれらが医療従事者だから当たり前であり、新しい感染症が流行っているのだから当たり前であり、だから、私たちにできることは感謝することだけなのでしょうか? それで、かれらの働く環境がどう変わるんでしょうか?
 コロナが流行る前から、医療現場が人手不足で激務であることはみんな知っていたはずです。ベッド数が減らされ、公立病院が統廃合されてきました。労働者民衆の命を守るための、いざというときの備えにお金をつかうのは、もったいない、っていうことです。
 医療従事者の苦難に本当に感謝と労いを捧げるのなら、医療体制や感染予防体制が不十分であること自体に、怒りをもって改善の要求をしなくてはいけないと思うんです。
 
 戦争に駆り出しておいて、死んだらカミサマ。ヤスクニにお参りしましょうね。
 原爆で殺しておいて、死んだらヒバクシャ。反核運動なんかせずに静かに祈りましょうね。
 平和のために犠牲になってくださったひとたちに、感謝しましょうね。
 政治的意見の対立は今はひっこめて、医療従事者に感謝しましょうね。

 同じでしょう? だから福島のひとたちが被曝から逃れて生活や医療の補償を求めたら「ワガママだ、復興のさまたげだ」って言われるし、福島のひとたちのために怒ったら「風評被害だ、政治利用だ」って言われるんですよ。「感謝」とか「平和」とか「復興」とか、言いやすいことだけ言うんじゃなくて、怒るべきことには怒りを表明し、言うべきことは言う、要求するべきことは要求することで、本当の労働者民衆の連帯が生まれるのだと思います。

4. 団結して生き延びよう
 1956年8月、日本被団協結成総会での決議では、原水爆禁止を訴え、原爆被害者の医療と生活の補償を訴えました。決議の一部を読み上げます。

●被害者組織を強化して団結を強めよう
 どんな地域でも、被爆者がいるところには必ず組織をつくり、この協議会に参加させよう。われわれがこの目標を達成するための唯一の道は、お互いに被害者が兄弟のように手をにぎり合うとともに、原水爆禁止を願う全国民、全世界の人々と固く結び合うことです。あの恐ろしい原水爆が禁止されて世界の恒久平和が達成され、被害者が真に救われる日までこの運動を続けよう。
 
 国策によって命や健康を奪われた労働者民衆は団結するしかないということを、チェルノブイリ法や被団協の歴史からあらためて確認できます。
 被団協は今年はコロナのことで、NYのNPT再検討会議での原爆展もできませんでしたが、日本の外務省は、展示内容に原発のことが含まれていることを理由に、後援をとりやめるという圧力をかけてきました。それでも被団協は、原発事故のことも取り上げなければ核の非人間性を訴えることはできない、と、圧力をはねのけました。
 私たちNAZENヒロシマは、原爆被害者たちの75年にわたる苦しみと闘いを必ず引き継ぎ、そして、いま受忍を強いられているフクシマのひとたちの闘いとともにある、そういう反原発運動を作っていきます。放射能の被害を受けた、世界中のひとたちの声を聞き、ともに闘う。それが、命と健康が守られる社会をつくることになると考えるからです。原発も核兵器もなくさなければなりません。
 
 最後にNAZENからお願いがあります。低線量被ばくを強いられている福島や周辺地域の子どもたちに、短い期間でも被ばくの心配のない土地で過ごしてもらう、それが保養です。NAZENヒロシマは安芸太田町での保養受け入れを支援していますが、今年はコロナ情勢でできるかどうかわからない状況です。それでも、フクシマの子どもたちに積極的に関わってほしいです。子どもたちに「今年はコロナのことばかりで私たちのことは忘れられてるな」なんて思ってほしくないし、保養を含めた反原発の闘いはこの先もずっと続きます。保養の活動資金への支援を今年もぜひお願いしたいと思います。

《デモコール》
全ての原発 いますぐなくせ
命と健康 最優先だ
3・11 終わってないぞ
福島と共に 声を上げよう

核はいらない 原発いらない
全ての核と 原発なくせ

ヒロシマから 声を上げよう
被爆地から 声を上げよう

ヒロシマ・ナガサキ繰り返すな
チェルノブイリを忘れたか
フクシマ原発 責任をとれ

中国電力 原発やめろ
上関原発 作らせないぞ

憲法改悪 許さないぞ
緊急事態で 改憲すんな

必要な医療 保証しろ
医療従事者の 命を守れ
アベノマスク ふざけんな
PCR検査 少なすぎる

感染拡大 安倍のせいだ
医療崩壊も 安倍のせいだ
金儲けの 医療のせいだ
金持ちだけの 医療にするな
ベッド数減らして 金儲けするな
公立病院 つぶさせないぞ
医療崩壊 食い止めよう

コロナ解雇 許さないぞ
休業手当を 補償しろ
職場の安全 保証しろ
安全対策 ちゃんとやれ
労働者は 生き抜くぞ
団結して たたかおう


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